会員寄稿

会員寄稿

おならを楽しむ―プッ、プッ、プッ

大阪大学名誉教授 畑田耕一

おならとユーモア
 おならは日常生活できわめて慣れ親しまれている生理現象である。時と場所さえわきまえておれば、ユーモアたっぷりに人を愉快にすることもできる。講義や授業の時におならと関連付けて話しておくと、皆よく覚えてくれているという効用もある。ヴァイオリンの名手辻久子さんが、演奏会で最前列の聴衆の一人が彼女の持つ名器ストラディバリウスの音色と見事に調和するおならをされたという話をユーモラスに語っておられたのを聞いたことがある。演奏を終えて楽屋に戻るとマネージャーに「久子、やったな!」と言われた、とも話しておられたように記憶している。音楽会中のおならはそんなに珍しいことでないのは次の記事が証明している。「10 年くらい前、清水和音の 500 円ピアノコンサートを聴きにいったときのこと、リストのソナタ演奏中、ピアニシモになってるところで客席のどこかからプゥとおならの音がした。可笑しく仕方なくて、膝をつねって我慢したが、堪えているところに二発目のプゥ、あれはいままでで一番苦しいコンサートであった」
http://piza.2ch.net/classical/kako/988/988619335.html

屁もまた燃えるものなれば、これを使わざるべからず
 第二次世界大戦の終わりごろ、日本には本当にものが無くなっていた。そんな時、屁が燃えるという話をどこかで聞いてきた陸軍の偉い人が、「屁もまた燃えるものなれば、これを使わざるべからず」と言って、兵隊にサツマイモを食べさせて風呂に入れ、屁を水上置換で集め、屁の燃焼実験をしたが、燃えないので、水上置換ではガスに水分が混ざる所為かと思い、尻から出た屁に直接マッチで火をつけようとしたが、やっぱり燃えなかった。でも、それでは実験台にされた兵隊が余りに可哀相なので、「燃えた、燃えた」と言って済ませたという話を、戦後に何かの本で読んだ記憶がある。この実験が失敗に終わった理由は、サツマイモの屁にはメタンなどの可燃性成分が少なかったためと思われるが、この実験が若し成功していたら、陸軍はどうするつもりであったのだろうか。戦争中の過酷な生活の中の、ユーモラスな一こまではある http//culture-h.jp/hatadake-katsuyo/senchu-sengo2.pdf

アメリカ航空宇宙局 NASA (National Aeronautics and Space Administration)のおなら研究
 米航空宇宙局が、アポロ宇宙船、潜水艦など閉鎖空間でのおならが生活に及ぼす影響 を調べる目的で、男子医学生20数人に同じ食事を 食べさせて、出てくるおならのガスを詳細に分析したことがある。その結果、おならのガスからは約 400 種類の成分が検出され、 個人差は認められるものの、主成分は窒素 60~70%、 水素10~20%、二酸化炭素約10%、「酸素」「メタン」 各5%で、残りは微量成分、においの元は硫化水素、 メルカプタン、アンモニア、スカトールなどであった。成人男子が 1日に放出するガスの量は 100~2800ml で 1 回 50~ 500ml であった。サツマイモを食べるとおならがよく出るというのは昔から言われていることであるが、普通食から芋類の多い食事に切り替えるとガス量が 2~10 倍に増えたという。おならでドレミが出せる人がいたそうだが、訓練によってはありうる話であろう(昭和 51 年 8 月 22 日朝日新聞)。(http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=247996&id=1587831

おならと落語
 「いも屁」といえば、次のような落語があるという。
「3人組の泥棒が一人をいも俵に潜り込ませて狙ったサツマイモを商うお店におく作戦を立てる。しかし、店の者が俵を逆さに置いてしまう。苦しんでいると、丁稚が俵に手を入れ調べることになる。手がお尻にさわると感触がやわいので、腐っている芋と思い、腐っていないものもあるかどうかと、あちこちさする。ついに、中のものがブーと一つやる。そこで丁稚が、『なんと気の早い芋だこと』と言うのがオチだという」http://www.geocities.jp/a5ama/onaraoto.html

おなら演奏
 おならで管楽器演奏の出来る人はかなりいるらしい。筆者の父は第二次世界大戦の末期、大阪天王寺の中部軍司令部で炊事班長をしていたが、その部下に、頼めばいつでもおならをして子供を喜ばせてくれる兵隊さんがいた。この人は「ポッポッポッはとポッポ」と童謡『ハトポッポ』の一節をおなら演奏することができた。

 音の高さや長さ、強さをさまざまに変えながら放屁することにより、聞き手を楽しませる行為を曲屁(きょくべ)あるいは曲放(きょくひり)という。興行としての曲屁は世界各地で行われていて、日本では安永年間に霧降花咲男と称する者の興行の記録があるほか、19 世紀末のフランスでムーラン・ルージュを中心に活動した放屁師のル・ペトマーヌ、近年では日本の松下誠司、イギリスのミスター・メタンなどがいるという https://ja.wikipedia.org/wiki/曲屁

 放屁師の一人松下誠司さんは、肛門から空気を吸い込んだり、吐き出したりが思い通りにできるという。いわゆる肛門呼吸の達人である。世界初のおなら CD「Wander pu」を発売している。
https://matome.naver.jp/odai/2139931261901915701
Loz という人がおならのシンフォニー(Loz’s magnificent 7-tone fart symphony)を制作していて、その屁に込められた音の楽譜も添えられている http://yurukuyaru.com/archives/30842692.html
録音は Youtube で聞くことができる https://youtu.be/Tk-5RVMerfI

おならと大気汚染
 今、人間も含めて地球上の動物のおならやゲップが大気汚染の要因の一つになっているのは間違いない。恐竜が絶滅した原因については、巨大隕石が衝突したことによる地球の寒冷化、大きな火山の噴火など様々な説がある中で、イギリスのスコットランドのセント・アンドリュース大学とリバプールのジョン・ムアーズ大学の研究者が共同で恐竜自身が排出したメタンガスによる気候変動によるとるものではないかという説を発表している。恐竜達は彼らが栄えていた1億 5000 万年の間、その巨大な体から毎年約5億 2000 万トンのメタンガスを吐き出していて、これにより地球上の気温が急激に上昇し、気候変動が大災害に発展したというのである。セント・アンドリュース大学のグレイム・ラクストン教授は「我々の計算では、当時の恐竜達は、現代の人間と自然界全てが排出しているよりも、ずっと多くのメタンを発生させていたと考えられます」と述べている。恐竜が生息していた約 2 億 5000 万~約 6500万年前のことを現在の科学的知識から推測するのに問題はあるとしても、あながち強引な結論とは言い難いと思う http://garakuta.oops.jp/wordpress/?p=4487

 次は、ニュージーランドで家畜のおならとゲップに税金をかけようとしたことがあるというお話で、上記のお話の現代版とも言えるかもしれない。ニュージーランドの大気には炭酸ガス 40%、メタン 44%、亜酸化窒素 14%が含まれており、これらのうち後者の二つ合計 58%の大部分は羊、牛などの家畜のおならとゲップによるものであることが分かった。そこで政府は 2003 年、家畜農家に牛 1 頭につき約 50円、羊一頭につき約 6 円の課税をする法案を議会に提出した。農家 1 軒 1 年当たり平均 21000 円に相当する金額であった。農民は強力に反対し、64000 人の反対署名を集め、首都でも反対デモが行われ、法案は否決された。法案は通らなかったが、その後 61 億円をかけてこの問題の解決法の研究が行われており、日本も研究協力している。例えば、おならとゲップ中のメタンの量は食料の種類に依存するので、現在はメタン発生量の少ないマメ科牧草 2-3 種類とイネ科牧草 3-4 種類が家畜の食料として使われているという https://www.youtube.com/watch?v=VJTrktXUkfI 。また、この共同研究に関連して、日本の鹿児島県垂水市では豚の糞尿からメタンを取り出して精製し、都市ガス用に使う研究が行われている(https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=6101 参照)。

開腹手術とおなら
 開腹手術後のおならは腸が動き出したことの証として大事な現象であることは広く知られているところである。「待望のガス出づ 今暁一時十五分、一同大喜び」、これは昭和 5 年(1930 年) 11 月 17日付東京朝日朝刊 2 面の記事の見出しである。これだけでは何のことかは分からないが、当時の濱口雄幸総理が東京駅で要撃された後の東大病院での手術と手術後の放屁の喜びを伝えるものである。腸を30cm も切除・縫合する大がかりな手術であっただけに、この時の担当医と家族の喜びは大きかったようである。http://www.asahi.com/special/kotoba/archive2015/mukashino/2013033000003.html

 2016 年 4 月、東京医科大病院でレーザーメスを使って子宮頸部円錐切除の手術を行っていたところ、患者を覆っていた布が燃え出し、医師らが生理食塩水などで消火したが、患者は下半身に大やけどを負ったという。外部調査委員会はレーザー照射による腸内ガスの燃焼が原因であったと結論づけている。おならが事故の原因という訳である。https://www.j-cast.com/tv/2016/10/31282158.html 。今後、腹部手術の際に十分留意しなければならない事例である。

おならと健康
 ここまで読んでいただければ、屁はいろいろな観点から人の健康と深く関わっていることに気づいていただいたと思う。東叡山寛永寺を開山した天海僧正は108歳で入寂されたが、⾧寿の秘訣について次のように述べておられる。http://dorflueren.blog.so-net.ne.jp/2013-04-04-2 。すなわち、
1. 粗食
2. 正直、嘘をつかない
3. 日湯
毎日お湯で沐浴して身体を清潔にする
4. 陀羅尼 (だらに)
サンスクリット語で書かれた⾧い呪文を記憶して、毎日唱える
5. 折々に御家風遊ばされるべし

おならの呼び名いろいろ
 ここで僧正が言っておられる御家風とはおならのことである。家の風とは実に上手でわかりやすい表現である。御家風と聞いて隙間風のことと思う人は滅多にあるまい。日本語で風という語をおならに使うことはあまり無いようであるが、英語ではおならを wind という。おならをするは break wind である。Fart はあまり品の良くない表現のようである。

 転失気(てんしき)がおならのことなのは古典落語の転失気をご存じなら自明のことである。失気は何となくおならを連想させる語であるが、転失気は、中国の古典医学書「傷寒論」の中に出てくる医学用語だという。https://ameblo.jp/rakugogakushi/entry-12315239687.html

 宮中ではおならのことを「おプー」というという話がある。真偽はともかく、事実とすれば、実に分かりやすくて誤解の恐れのない表現である。http://punpunblog.seesaa.net/article/167877649.html

 最後に「おなら」であるが、これは「鳴らす」の連用形を名詞化した「鳴らし」に接頭語の「お」を付けた「お鳴らし」を遠慮がちに言った女房言葉だそうである。音のするおならを想定して考え出された言葉ということになるが、屁と同様に使われるようになって、音のしないおならに対して「すかしっ屁」というような表現が作り出されたようである(http://gogen-allguide.com/o/onara.html 参照)。筆者の住む大阪では「すか屁(すかべ)」というが、これは京ことばらしい
https://www.weblio.jp/content/すかべ 。