会員寄稿

会員寄稿

豊岡高校の教育綱領とロータリーの四つのテスト

大阪大学名誉教授 畑田耕一

 6 月6 日、SSH(SuperScience High School)の運営委員会出席と高分子科学の出前授業のために、兵庫県豊岡市の県立豊岡高校を訪れた。丁度、田植えの終わったばかりの田園風景を楽しみながらの2 時間あまりの旅であった。予定の時刻よりかなり早く着いたので、昭和 41 年 9 月に創立 70 周年記念事業の一つとして建てられたというお茶室を見せていただいた後、本館に入ろうとして、ふと、入り口横に建てられた「教育綱領」という石の碑に目が留まった。そこには「真理、正義、敬愛、自律、実践」という語がきれいに刻まれていた。

 豊岡高校では戦後の昭和 23 年夏に生徒自治会の自治憲章が起草され、その前文には「われら豊岡高等学校生徒は民主主義に基づく文化国家の実現を目指し、自由と平和を愛する人間性の開発と学問の進歩を念願して完全なる自治学園を建設することを誓う」と宣言されている。翌昭和 24 年度には同校社会科が兵庫県研究指定校となり、「社会科教育のあり方」を課題として研究が行われた。その結論は「(教育の改革を)歴史的必然性と認識し、世界史的現段階の諸矛盾を止揚 するために革命的に生き抜き、未来社会建設の成果をあげるには、一に『革命的、民主的、 平和的人物の養成』こそ高校社会科教育の真の目標でなければならない」というものであった。このころに、教員と生徒の同数からなる校歌・綱領作成委員会が設置されて、校歌・綱領に盛るべき内容精神が検討され、「革命的、民主的、平和的人物の養成」を根幹とする教育綱領草案が作成されたが、この案は賀集音市校長と委員会との熱心な検討にもかかわらず意見の一致にはいたらなかった。それで、翌昭和 25 年に新たな委員会を設置してさらなる検討が加えられ、最終的に職員会議に付したのち同年 9 月 5 日の生徒大会で可決されたのが上記の綱領であるという1。上記の教育綱領の碑は旧制豊岡中学の31 期生が卒業50 周年を記念して昭和62年3 月3 日に建立したもので、書は当時の学校長西村行夫先生である。

 この綱領が最終的にどのような経緯で決められたかは定かではないが、その内容・精神はロータリーの四つのテスト 2,3 に極めてよく似ている。四つのテストは、いろいろな職業や専門の人々がそれぞれの知識や考えを生かして奉仕活動に励んできた国際ロータリーの1954-1955 年度の会長を務めたハーバートJ.テイラーが、1932 年の世界大恐慌のときに考え出したもので、商取引の公正さを測る尺度として、また、ロータリーの哲学を端的に表現した職業奉仕の理念の実行に役立つものとして、多くのロータリアンに活用されてきた。

1.真実かどうか
2.みんなに公平か
3.好意と友情を深めるか
4.みんなのためになるかどうか
言行はこれに照らしてから行うべし

 綱領の最初の語「真理」は四つのテストの第1 の文に対応する。また、綱領2 番目の「正義」は、テストの第2の文中の「公平」の原語が ”fair”であることを考慮すれば、テストの「みんなに公平か」に対応する語である。
綱領の3 番目の「敬愛」は「好意と友情を深めるか」に応じる語と考えて差し支えなかろう。綱領の4 番目の「自律」は自己管理の能力に基づいた自己の言行の決定の自由あるいは権利に関わる語なので、自律と実践という二つの語が共同して示す意味は、「自身の言行をもって世の中の人々の役に立つべし」すなわち「自身の行いをもって人類の福祉に貢献すべし」ということになる。綱領の中での「自律」と「実践」の直列表示が四つのテストの「みんなのためになるかどうか」に対応していることになる。

 四つのテストは、最初、大不況の中で破産の危機に直面していた会社の役員ハーバートJ.テイラーがが、会社の再生には従業員の人格、信頼性、奉仕の心の養成が最も重要と考え、そのための指針としてつくったものである。
一方、豊岡高校の教育綱領は、上述の通り、民主主義に基づく文化国家の実現を目指し、自由と平和を愛する人間性の開発と学問の進歩を念願して自治の精神に富む学園を建設することを理想として生きていた教員・学生の熱い思いの中で創り出されたものである。四つのテストと教育綱領がよく似た結果になったのは両者の成立過程から考えて必然的な結果ともいえるが、大変興味深い事実である。

 豊岡高校の教育綱領ができた昭和 25 年は筆者が大阪府立富田林高等学校に入学した年でもある。筆者も国民主権、基本的人権の尊重、平和主義を三大原則とする日本国憲法のもとで、新しい日本を建設するという希望に燃えた高校 1 年生の一人であった。そのことを当時の自治会長の面影とともに思い起こしつつこの文章を書いていると、私自身にも、まだ、これからの日本の未来のために行わねばならないことが沢山あることに気付かされる。このようなことの切っ掛けを与えていただいた豊岡高校の皆様方、そしてSSH運営委員会と出前授業の間の時間に点てて頂いたあの本当に美味しいお抹茶に心からなる感謝を申し上げて文の終わりとしたい。有難うございました。

参考文献

  1. 豊岡高等学校百周年記念誌 105-107 頁
  2. 国際ロータリー2013 年手続要覧61 頁
  3. 「ロータリーの心と実践2012 年改訂版」国際ロータリー第2660 地区2011-2012 年度研修委員会編32-35 頁

豊岡高校茶室 花橘庵(かきつあん)